ウォーレン・バフェットが投資家人生の中で犯した3つの過ちとバークシャー・ハサウェイ過去24年の決算数値

今回は「投資の神様」ことウォーレン・バフェットが会長を務めるバークシャー・ハサウェイについて調べてみたいと思います。


バークシャー・ハサウェイという会社の歴史はとても古いです。

ルーツはアメリカのロードアイランド州に作られた織物工場を営んでいたバレーフォールズ社で、1839年に設立されています。

1929年にバークシャー綿製造会社と合併したのち、1955年には同じく綿紡績事業を展開するハサウェイ製造会社(1888年創立)と合併。

第一次世界大戦(1914-1918)以降、綿紡績産業は長い低迷に苦しんでいました。

そんな中で1962年より、バフェットが「この株は割安だ」と判断してバークシャーの株を買い始めます。

1965年に経営権を握りますが、本業の綿紡績事業の低迷は止まらず、バフェットが得意とする投資会社に転換、買収を進める中でコングロマリット化していきました。


バフェットが投資家人生の中で犯した3つの過ち

今となっては笑い話ですが、バフェットはバークシャーの経営権を握ったことをとても後悔しています。

そのことについて本人が語っている資料(これ)があるので、まずはその内容を軽く要約してみます。


最初の過ち:バークシャーのTOBに応じなかったこと

1964年、バフェットは運営していた「バフェット・パートナーシップ・リミテッド(BPL)」を通じてバークシャーの株式の7%を獲得していました。

その金額は当時のバフェットの個人資産に相当する大きさだったそうで、かなり大きなリスクを取っていたことがわかります。

当時のバークシャーの経営を担っていたシーベリー・スタントン氏は、バフェットに対して「いくらなら株を売ってくれるか」と尋ねました。

バフェットは「11.5ドルなら売る」と答え、スタントンも「わかった、それで取引しよう」と応じます。

しかし、公開買付で実際に株主全体に出されたオファーは「一株11.375ドル」というもの。バフェットが話していた条件よりも低いものでした。

バフェットは腹を立て、公開買い付けに応じませんでした。


バークシャーに投資した理由は自社株買いを期待してのことでしたが、スタントン氏の行動に腹を立てて、逆にバークシャーの株式を買い集めます。

1965年には発行済株式全体の38.5%を獲得し、5月には正式に会社の経営権を握り、スタントン氏を追い出すことになります。

BPLの運用資産の25%を全く将来性がなく、自分が詳しくもない綿紡績事業を展開するバークシャーに投資してしまいました。

バフェットは今でもこのことを後悔しているそうです。

経営権を握ったのち、紡績事業を立て直そうと頑張りましたが、1985年に諦めて事業を閉じることになります。

2つ目の過ち:バークシャーを経由して投資を始めたこと

バークシャーが有するリソースを活かし、バフェットは得意の投資運用を始めます。

1967年にはオマハの保険会社「ナショナル・インデムニティ(NICO)」を860万ドルで買収。

この時もバフェットは大きな間違いを犯していたと言っています。

バークシャーではなく、BPLを通じてNICOを買収していれば、素晴らしい企業を100%ダイレクトに所有することができたはずです。

しかし、61%しか保有していないクソ企業(しかも残り39%の株主に対してなんの責任もない)のバークシャーを通じて素晴らしい企業を買収してしまいました。

これも後悔しているそうです。

3つ目の過ち:衰退産業の紡績企業を割安だからとまた買収してしまったこと

さらにもう一つ。

1975年にはバフェットは「Waumbec Mills」という紡績会社を買収しています。

バフェットはバークシャーの紡績事業が死にかけているのを嫌というほど痛感していたにも関わらず、またしても紡績会社を買収するという過ちを犯しているわけです。


その後、アメリカ北部の紡績産業は完全に絶滅。

それによってバフェットは同じ過ちを犯さなくて済んだそうです。


3つの過ちがもたらした投資スタイルの変化

以上のような過ちは、バフェットの恩師であるベン・グレアムが教えた「シケモク」アプローチが原因でした。

「シケモク」とはタバコの吸い殻のことで、道端に落ちているタバコの吸い殻を最後のひと吸いして捨てるようなアプローチのことです。

バフェットの投資家人生の初期にはうまくいった「シケモク」アプローチですが、資産規模が大きくなるにつれて失敗が増えていきました。


これをきっかけに、バフェットは「そこそこの企業を安く買い叩く」のではなく、「素晴らしい企業を長く保有する」スタイルへと転換していきます。

この流れがコングロマリット化につながったと言えます。

それが結果的に世界で時価総額トップテンに入るような巨大企業ができるのですから、面白いものです。

過去25年間の決算数値を図解!

さて、話はだいぶ飛びますが、バークシャーハサウェイの事業数値をグラフにしていきたいと思います。

バフェットが「素晴らしい事業を長く保有する」中で作られた損益の推移です。

収益のかなりの部分が保険事業(Insurance and Other)になっていることがわかります。

バークシャーの全体収益は2236億ドルに達していますが、そのうち保険事業は1752億ドルと、78%を占めています。

鉄道やエネルギー事業など(Railroad, Utilities and Energy)は375億ドルで16.7%ほど。

金融事業(Finance and Financial Products)は108億ドルで、比率としては4.8%に過ぎません。


続いて、利益の推移です。

こちらは保険事業以外も比較的大きな割合を占めています。

2016年の保険事業は188億ドル、鉄道・エネルギー事業などは87億ドル、金融事業は52億ドルの利益を稼いでいます。

続いて、営業利益率です。

金融事業は利益率の振れ幅が大きくなっています。2008年には売上自体がマイナスとして計上されていたので外しています。

2016年を見ると金融事業の利益率が48%と高く、鉄道・エネルギー事業が23.2%、保険事業が10.7%と続いています。


財政状態の変化

続いて、財政状態の変化を見てみます。バークシャーが投資会社としての性質を持つことを考えると、こちらの方が重要な情報です。


まずは資産の内訳をセグメントごとに見てみます。

セグメント別に資産を計上するようになったのは2001年から。

2016年の総資産6208億ドル(およそ70兆円)のうち、保険事業が4093億ドル、鉄道事業が1698億ドル、金融事業が417億ドルを占めています。


資産の内訳を「現金同等物」「投資資産」など、性質ごとに組み替えてみます。

2016年末の総資産6208億ドルのうち、投資資産が1769億ドル、現金同等物が280億ドル、アメリカ国債が583億ドル、のれんが794億ドルあります。

近年は鉄道会社やエネルギー事業を買収したことにより有形固定資産(Property, plant and equipment)が増加し、1334億ドルに達しています。

比率でもみてみましょう。

昔は資産のほとんどが投資資産だったことがわかります。

近年は総資産の30%前後を投資し、有形固定資産が20%ちょっと、のれんが10%強、現金および国債が10%前後という比率になっています。


続いて、負債と自己資本の推移です。

最も大きいのは利益剰余金(Retained earnings)で、2016年には2117億ドルに達しています。

負債の合計は3344億ドルありますが、そのうち1631億ドルが保険事業、736億ドルが鉄道・エネルギー事業、197億ドルが金融事業からきています。


キャッシュフローの推移も見てみます。

営業キャッシュフロー(Net cash from operating activities)は安定して300億円前後を稼ぎ出しています。

2016年の投資キャッシュフローがマイナス842億ドルととても大きくなっていますが、これはアメリカの国債をどっさり買っているからです。


バークシャー・ハサウェイのフリーキャッシュフローは次のようになっています。

2016年には195億ドルのフリーキャッシュフローを生んでおり、かなりの規模と言えます。

比較のために例をあげると、アリババやAmazonの年間フリーキャッシュフローは100億ドル前後、ウォルマートのそれは200億ドル前後です。

バークシャー・ハサウェイの時価総額は4926億ドルなので、50兆円ちょっとといったところ。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回のエントリでは、バフェットがバークシャー・ハサウェイの経営権を取る前後の経緯にはじまり、直近25年間の決算数値を追ってみました。


歴史も長く、企業としても複雑なコングロマリットであるだけに、「どういう風にまとめるか?」はとても難しい部分があります。情報は無限に存在するので。。

個人的にとても興味がある会社の一つなので、今後も引き続きチェックするようにしたいと思います。

連載シリーズ (全13回)

ウォーレン・バフェット特集