SiC・GaNという「難削材」への挑戦。パワー半導体の加工技術で見る関連銘柄
脱炭素化とデジタル社会の進展を背景に、電力の損失を劇的に減らす「パワー半導体」の重要性が飛躍的に高まっています。
特に、EVや次世代通信の性能を左右する、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)といった新材料への期待は大きく、新たな巨大市場が形成されつつあります。
この次世代市場は、日本の強力な企業群によって支えられています。SiCエピウェハーなどで世界トップの「材料メーカー」と、硬くてもろい新素材をナノレベルで加工する、世界首位の「製造装置メーカー」。それぞれが独自の技術で、サプライチェーンの重要な役割を担っています。
本記事では、こうしたパワー半導体のサプライチェーンを支える主要プレイヤーたちの戦略と、技術的な優位性をご紹介します。
ディスコは、半導体や電子部品の製造に不可欠な「Kiru(切る)・Kezuru(削る)・Migaku(磨く)」という精密加工技術に特化した、世界トップクラスの装置・ツールメーカーです。
同社は今、その高度な技術力を、脱炭素社会の実現に不可欠な次世代パワー半導体の加工に応用しています。
次世代パワー半導体の材料であるSiCやGaNは、優れた省エネ性能を持つ一方、いずれも極めて硬く加工が難しい「難削材」です。ディスコは、この共通の課題に対し、独自のソリューションで応えています。
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例えば、独自のレーザー技術「KABRA®プロセス」は、GaNウェーハやSiCウェーハの生産性向上に貢献する技術です。また、SiCウェーハの切断においては、加工速度を約2.5倍に高める専用のダイシングブレードを開発するなど、それぞれの材料特性に合わせた加工技術を提供しています。
ディスコの競争優位性は、「装置」「消耗品」「アプリケーション技術」という三位一体のソリューション提供力にあります。
特に、無償の「テストカット」サービスを通じて顧客の課題を深く理解し、顧客ごとの課題に応じた解決策を共に創り上げることで、信頼関係の構築を図っている点が特徴です。
独自の経営システムを背景に、ディスコは「Kiru・Kezuru・Migaku」技術をさらに深耕し、パワー半導体市場の技術革新を支えています。
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信越化学工業は、半導体シリコンウェーハで世界トップシェアを誇る、電子材料のリーディングカンパニーです。
パワー半導体の分野で同社が特に注力するのが、GaNパワーデバイスの実用化を加速させる、同社がライセンスを持ち展開する「QST™基板」。
従来の基板では難しかった、大口径ウェーハ上での高品質な厚膜GaNの成長を可能にするこの基板は、デバイスの低コスト化と安定生産への貢献が期待されています。
既に12インチサイズでのサンプル供給も開始され、量産化に向けた取り組みが進められています。
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信越化学工業の強みは、特徴的な基板材料だけでなく、パワー半導体の性能と信頼性に対応する多様な周辺材料を、一貫して提供できる総合力。車載デバイス向けの高性能な「半導体用封止材」や、素子を保護する高機能シリコーン樹脂など、その製品群は多岐にわたります。
車載デバイス向けの高性能な「半導体用封止材」や、素子を保護する高機能シリコーン樹脂など、その製品群は多岐にわたります。
顧客ニーズに密着し、「営業」「開発」「製造」が三位一体で研究開発に取り組む独自の体制が、これを支えます。
信越化学工業は、今後の社会で重要性が高まるとされるパワー半導体の分野でも、キープレイヤーとしての役割を担っています。
>> 「素材の水平展開」で世界を掴んだ信越化学工業、中国リスクの顕在化が逆風
レゾナック・ホールディングスは、旧昭和電工と旧日立化成の統合により誕生した、先端材料パートナーです。
同社は、特に半導体材料をコア成長事業と位置づけ、脱炭素化と電動化の鍵となるSiCパワー半導体市場において、主要なメーカーの一つとして事業を展開しています。
その強みはSiCエピウェハーの分野にあり、「世界最大の外販メーカー」として、高い水準の品質で知られています。
EV(電気自動車)や鉄道、産業機器などの省エネルギー化に不可欠なSiCパワー半導体の需要が世界的に急拡大する中、その中核材料を供給しています。
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同社の技術力は、トヨタのバッテリーEV「LEXUS RZ」に搭載されるデンソー製インバーターへの採用実績や、「日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞」などの受賞歴によっても客観的に証明されています。
さらにレゾナックは、未来のサーキュラーエコノミーを見据えた革新的な研究にも着手。東北大学と共同で、シリコンウェーハ製造時の廃棄物とCO2を原料に、SiC粉末を製造する技術の本格検討が開始されています。
これは、廃棄物の再資源化とCO2の有効活用を両立する、先進的な取り組みと言えるでしょう。
レゾナックのビジネスモデルは、単に優れた製品を供給するだけでなく、顧客と密接に連携し、共に課題を解決する「共創型化学会社」を目指す点も特徴です。同社は技術力と顧客との共創を両輪に、持続可能な社会の実現に貢献し続けています。
SCREENホールディングスは、半導体製造の前工程に不可欠な「洗浄装置」の分野で、世界トップシェアを誇るリーディングカンパニーです。
同社は、長年培ってきた表面処理などのコア技術を武器に、次世代のキーデバイスであるパワー半導体の製造プロセスにも貢献しています。
同社の強みは、半導体洗浄装置の主要3分野(枚葉式、バッチ式、スピンスクラバー)すべてで世界No.1のシェアを持つ点にあります。ナノレベルのゴミさえ許されない半導体製造において、同社の洗浄技術は、世界中の半導体メーカーで広く採用されています。
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この洗浄技術に加え、同社はリソグラフィー装置や検査・計測装置なども手掛け、幅広いラインナップで顧客のニーズに応えています。
特に、5Gやデータセンター向けに需要が拡大する先端パッケージング技術に対応した、専用の塗布乾燥装置「Lemotia」なども提供しており、これらは同社の技術力の高さを示すものです。
「Clarivate Top 100 グローバル・イノベーター」に4年連続で選出されるなど、その知的財産戦略とイノベーション創出力は外部からも高く評価されています。
SCREENホールディングスは、その中核技術を活かし、半導体産業全体の技術革新を支えています。
>> 半導体洗浄装置で世界首位「SCREENホールディングス」更なる成長へ積極投資中
SUMCOは、半導体デバイスの基板材料となるシリコンウェーハの製造・販売を手掛ける専門メーカーです。
同社は、情報化社会を支えるメモリやロジック半導体はもちろん、EVや再生可能エネルギーの普及に不可欠な、パワー半導体向けの基盤材料を供給。
SUMCOの事業の核心は、高純度な単結晶インゴットから、平坦・清浄なシリコンウェーハを製造する技術にあります。特に、デバイスの低消費電力化や高速化に対応する「SOIウェーハ」をはじめとした製品開発にも注力しています。
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現在、同社は事業の「選択と集中」を加速。長期的な成長が見込みにくい小径ウェーハの生産から撤退する一方、経営資源が300mmの先端品へと集中させています。
これは、生成AIの普及を背景に需要が急拡大するデータセンターや、HBM(High Bandwidth Memory)向けのウェーハの供給能力を強化する戦略です。
SUMCOは「技術で世界一の会社」を目指すというビジョンのもと、今後のデジタル社会や脱炭素社会に貢献する半導体の基盤材料を供給しています。
>> SUMCOの企業情報
タカトリは、半導体などの製造装置を開発する「開発先行型企業」です。
同社は特に、次世代パワー半導体のキーマテリアルであるSiC材料の切断加工装置において、世界シェア90%超(自社調べ)という圧倒的な地位を確立しています。
タカトリの強みは、SiCのような非常に硬く、脆い「硬脆性材料」を、精密にスライスする独自の技術にあります。主力製品であるMWS(マルチワイヤーソー)は、この難加工材のウェーハ生産に関する独自の技術が用いられており、国内外の多くの半導体メーカーで採用されています。

この圧倒的な市場ポジションを背景に、同社はパワー半導体の未来のトレンドにも対応。現在主流の6インチSiCウェーハから、より生産性の高い8インチへの大口径化を見据えた開発や、ロボットを活用したハンドリングの自動化など、次世代の生産ラインに向けた技術開発に着手しています。
足元では、EV市場の成長率鈍化などを背景に、顧客の新規設備投資が慎重になっており、新素材加工機器の販売は一時的に低調な状況です。
脱炭素社会の実現に向けた動きなどを背景に、SiCパワー半導体は中長期的な市場拡大が見込まれています。タカトリは、2025年以降に想定される主要メーカーの量産体制なども視野に入れ、独自の「切断」技術でパワー半導体市場の基盤を支えています。
>> タカトリの企業情報