日本のマテリアルサイエンス関連銘柄:「世界シェアNo.1」が示す強さとは

東レ

デジタル化の加速と、カーボンニュートラルへの移行。世界が大きな変革期を迎える中、その根幹を支える「高機能素材」の重要性が増しています。

日本の素材メーカーは、この時代の要請を大きな事業機会と捉え、長年培ってきた技術力を武器に、新たな挑戦を始めています。

本記事では、こうしたマテリアルサイエンスを牽引する主要企業の戦略と、それを支える技術力を分析します。各社が「素材の力」でいかに社会課題を解決し、持続的な成長を目指しているのか。その最前線の取り組みから、日本のものづくりの未来を展望します。

複数分野の世界トップクラスシェアをもつ「三菱ケミカルグループ」

三菱ケミカルグループは、高付加価値製品に特化した「スペシャリティマテリアル領域」への変革を加速するとともに、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといった「グリーン」な取り組みにも注力しています。

同社は、事業の「選択と集中」を大胆に進め、経営資源をモビリティやエレクトロニクスといった未来の成長市場へと振り向けています。

多岐にわたる製品分野で世界トップクラスのシェアを誇っており、自動車のランプカバーなどに使われるMMAモノマーでは世界No.1サプライヤーとしての地位を確立しています。

また、食品の鮮度を保つガスバリア樹脂「ソアノール™」や、半導体製造に不可欠な特殊エポキシ樹脂など、ニッチながら社会に不可欠な数多くの素材で高い競争力を発揮しています。

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これらの既存の強みに加え、同社はサステナビリティを軸とした新たな素材開発にも注力。

植物由来のエンジニアリングプラスチック「DURABIO™」や、使用済みタイヤを再資源化する「資源循環型カーボンブラック」の開発など、環境負荷低減と高機能を両立させる次世代マテリアルの創出が進められています。

さらに、EVシフトの鍵となる電池材料や、先端半導体プロセス向け材料の開発も実施しています。

伝統的な総合化学メーカーから、社会課題の解決に貢献するスペシャリティ素材を主力とする企業への転換を進める三菱ケミカルグループ。その取り組みは、素材を通じて持続可能な社会の実現を目指すものです。

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脱炭素から自動車・半導体まで広げる「旭化成」

旭化成グループは、100年以上の歴史の中で、社会ニーズの変化を捉えて事業ポートフォリオを柔軟に変革してきた総合化学メーカーです。

同社は現在、「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3領域経営を推進。中でもマテリアル領域では、独自の高付加価値素材で、カーボンニュートラルやデジタル社会といった、未来の社会課題解決に貢献しています。

その事業領域は、環境ソリューション、モビリティ&インダストリアル、ライフイノベーションという3つの分野に及びます。

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環境ソリューション分野では、EV向けリチウムイオン電池のキーマテリアルであるセパレータ「ハイポア™」や、グリーン水素を製造する「アルカリ水電解システム」など、脱炭素社会に不可欠な技術が開発・提供されています。

モビリティ分野では、樹脂材料から繊維製品、電子部品まで、グループが持つ多様な技術を融合させ、次世代自動車に向けた総合的なソリューションを展開。

他にもライフイノベーション分野では、AIなど先端半導体の性能向上に貢献する感光性絶縁材料「パイメル™」や、高速通信インフラに用いられる低誘電ガラスクロスなど、デジタル社会の進化を支えるキーマテリアルを数多く保有しています。

多様な事業で培った無形資産と、今後の事業機会を見据えた積極的な投資を両輪として、「世界の人びとの“いのち”と“くらし”」に貢献するための取り組みを続けています。

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炭素繊維で世界トップクラス「東レ」

東レは、有機合成化学や高分子化学、バイオテクノロジー、ナノテクノロジーといった多様なコア技術を深化・融合させ、社会課題を解決する先端材料を創出するマテリアルサイエンス企業です。

同社は今、「サステナビリティ」と「デジタル」という二つのイノベーションを成長の柱に据え、持続的な成長を目指しています。

その強みは、世界トップクラスのシェアを持つ製品群と、それを生み出す製品開発力にあります。例えば、航空機からスポーツ用品まで広く使われる「炭素繊維」では、世界トップの地位を確立

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海水淡水化プラントなどで使用される逆浸透(RO)膜も、デファクトスタンダードとして世界中の水問題解決に貢献。

さらに、来るべき水素社会の実現に向けては、その「製造」を支える電解質膜から、「輸送・貯蔵」の鍵となる水素タンク用の高強度炭素繊維まで、多様な基幹素材の開発に取り組んでいます。

これらを支えるのが、ナノレベルで繊維を制御する「NANODESIGN®」技術に代表される独自の先端技術です。バイオマス由来素材やリサイクル素材に新たな機能を与え、高付加価値化を実現するなど、同社の製品開発はこうした先端技術によって支えられています。

コア技術の融合から生まれる先端材料を活かし、「素材の力」で持続可能な未来の実現に貢献し続けています。

>> “先見の明”企業・東レ なぜ縮小する繊維市場でも10年で売上1.7倍にできたのか

メガトレンドを捉えた領域に注力する「クラレ」

クラレは、多様な分野で高機能素材を創出するマテリアルサイエンス企業です。

同社の最大の特徴は、その事業ポートフォリオにあり、多くの世界シェアNo.1製品群を有している点にあります。

その強みは、ビニルアセテート、イソプレン、機能材料、繊維、トレーディングといった主要な事業領域で発揮されています。

例えば、液晶ディスプレイに不可欠な光学用ポバールフィルムや、食品ロス削減に貢献するガスバリア樹脂〈エバール〉などが挙げられます。このうち〈エバール〉は、同社が世界に先駆けて製造を開始した製品の一つです。

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近年では、社会のメガトレンドを捉えた領域に注力。

環境分野では、世界的な課題であるPFAS(有機フッ素化合物)汚染に対し、同社の「活性炭」が高い除去性能を発揮し、需要が急拡大しています。

デジタル分野では、耐熱性ポリアミド樹脂〈ジェネスタ〉が、EVの車載部品や、生成AIの普及で需要が増すデータセンター向けコネクタなどで採用を拡大。

また、歯科材料や、バイオマス原料を活用したサステナブル素材の開発にも注力しています。グローバルな事業基盤と、時代のニーズを捉える独創的な技術開発力が同社の事業の特色です。

事業ポートフォリオの高度化を常に進め、社会や環境の課題解決に素材の力で貢献するクラレ。同社の事業展開は、「他人のやれないこと」に挑戦し続ける、同社の企業理念そのものを体現しています。

>> クラレの企業情報

"ニッチトップ戦略"で世界市場を拓く「日東電工」

日東電工は、粘接着や塗工といった独自の基幹技術を複合・発展させ、エレクトロニクスからライフサイエンスまで、多岐にわたる分野で高機能な素材を提供するマテリアルサイエンス企業です。

同社は独自の「ニッチトップ戦略」で事業を展開。これは特定の市場において、他社には真似のできない「なくてはならない」製品や機能、ビジネスモデルを開発し、圧倒的なNo.1シェアの獲得を目指すものです。

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その実力は各事業領域で発揮されています。

オプトロニクス事業では、データセンター向けのハードディスクドライブに搭載される回路部品などを提供。インダストリアルテープ事業では、半導体プロセス材料やハイブリッド車向けの絶縁材料などを供給しています。

さらに、ヒューマンライフ事業では、次世代医薬品として注目される核酸医薬の合成材料や、水不足という地球規模の課題に応える高分子分離膜(メンブレン)などが提供され、事業を通じて社会課題の解決にも貢献します。

同社は「Top 100 Global Innovators」に12回選出されるなど、そのイノベーション創出力は外部からも高く評価されています。

日東電工は、多様な基幹技術を武器に、これからも社会に不可欠なニッチトップ製品を創造し続けることで、持続的な成長を目指しています。

>> 日東電工の企業情報

半導体製造プロセスを"ワンストップ"で支える「富士フイルム」

富士フイルムホールディングスは、写真フィルムで培った高度な材料化学技術を応用し、エレクトロニクス分野、特に半導体材料事業で大きな成長を遂げています。

その戦略の核心は、半導体製造の主要プロセス(フォトリソグラフィ、平坦化、洗浄)すべてに先端材料を供給できる、「ワンストップソリューション」にあります。

M&Aも活用して製品ラインナップを拡充し、顧客の複雑な課題に対して、単一材料メーカーにはできない包括的な提案を可能にする点が最大の強みです。

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この事業戦略を支えるため、同社は組織改革も断行。「エレクトロニクス戦略本部」を新設し、事業の垣根を越えた技術や人材の融合が推進されています。

また、世界的な半導体工場の建設ラッシュに対応するため、グローバルに20カ所の製造拠点を持ち、顧客のそばで開発・生産・サポートを行う「地産・地消・地援」体制の構築に力が入れられています。

エレクトロニクス部門は、先端半導体向けやOLED向け材料の需要拡大を背景に、富士フイルムの主要な事業の一つとなっています。

写真フィルムの時代から受け継がれる材料化学の知見と、デジタル社会を見据えた投資。これらを背景に、富士フイルムは半導体材料市場において事業を展開しています。

>> 【写ルンです】が大ヒット!市場規模1/10の危機を乗り越えた「富士フイルム」の歴史

ウェーハ再生で世界首位「RS Technologies」

RS Technologiesは、半導体製造に不可欠なシリコンウェーハの再生加工事業において、世界トップシェアを誇る企業です。

同社は、この強固な事業基盤を軸に、M&Aを積極的に活用し、プライムウェーハ(新品)製造から半導体製造装置の消耗部材、次世代エネルギー分野へと、事業領域の多角的な拡大が特徴です。

同社の競争優位性の源泉は、独自の高度なウェーハ再生技術にあります。

業界平均の約2倍の再生を可能にする技術や、銅不純物を新品同等の清浄度で完全に除去できる世界で唯一とされる洗浄技術は、半導体メーカーのコスト削減と環境負荷低減に大きく貢献します。

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RS Technologiesは、この再生事業で培った顧客基盤と技術力を活かし、中国の国有企業との合弁でプライムウェーハ製造にも進出。「総合ウェーハメーカー」としての地位が確立されました。

さらに、半導体製造装置の消耗部材を手掛ける企業などもグループに加え、半導体サプライチェーンにおける存在感を高めています。

また、同社は未来のエネルギー社会を見据え、再生可能エネルギーの電力貯蔵に適した、バナジウムレドックスフロー電池(VRFB)用電解液の製造・供給事業にも注力しています。独自の特許技術により、高品質な電解液の製造に取り組み、この市場での事業展開を目指しています。

ウェーハ再生という市場で世界トップクラスの地位を築き、そこからM&Aを通じて川上から周辺領域へと事業を拡張するRS Technologiesの戦略は、同社の特徴となっています。

>> RS Technologiesの企業情報