「イノベーティブな会社であり続ける」 ソフトバンク、社内起業制度の今

「イノベーティブな会社であり続ける」 ソフトバンク、社内起業制度の今

ソフトバンクグループ

「孫正義は何を発明したか? 会社体として初めて、300年間成長し続ける組織構造だ」。創業30周年の節目、2010年にソフトバンク(現ソフトバンクグループ)創業者の孫氏は「新30年ビジョン」を発表した。

300年後を見据えた「一里塚」として、次の30年で時価総額200兆円、グループ5000社の企業集団になる目標を掲げている。世界のAIユニコーンへの出資がそのための手段の代表例だが、2011年には社内起業制度も創設された。

3月までに累計で約7300の新規事業アイデアが社員から応募され、20件が事業化に漕ぎ着けた。ソフトバンク傘下のSBイノベンチャー(東京都港区)が社内起業家の養成を支援するが、その体制やあり方は11年で大きく変化している。

「DNAを設計することが私の最大の役割だ」と語る孫氏の下、SBイノベンチャーが果たす役割と目的は何か。2024年に名古屋で開設するスタートアップ育成拠点「STATION Ai」の運営会社の社長も務める、佐橋宏隆取締役に聞いた。

孫氏引退後も、「創出」できる組織に

ーー社内起業制度の設立目的を改めて教えてください。

当時は創業30年を迎え、次の30年は創業者である孫が引退することになるだろう、というのが最大のイベントと認識された。良い意味でも悪い意味でもグループ全体に対する孫の影響力が強く、依存度の高さが課題でもあった。

仮に彼が引退しても、事業が生み出され続ける仕組みを作るという文脈の中で生まれた。継続して応募はある状態で、一定程度の目的は達成できている。

【経歴】さはし・ひろたか 2004年ソフトバンク入社。人事を経て、ソフトバンクグループで孫正義氏直下の社長室、「新30年ビジョン」や中期経営計画など経営戦略に従事。2011年の東日本大震災後、再生可能エネルギー事業の立ち上げに関わり、設立されたSBエナジーで事業企画部長。現在はSBイノベンチャー取締役、STATION Ai社長。

ーー応募までの流れは?

公募は年3回。その前段階として、社員が0→1のビジネスを学び、アイデアを発掘し、仲間と出会える機関「Innoventure Lab(イノベンチャーラボ)」を2016年に始めた。社員が誰でも参加でき、約5500人の登録者がいる。

顧客開発の方法などテーマ別の勉強会を通年で開催し、受けながら社員が事業アイデアを形にして応募している。「新規事業に興味がある」「普段の仕事に役立つ」と受講する人もいて、実際に起業したいのは肌感で大体3割くらい。

チームアップも支援していて、5500人がやりたい事業や過去の経験、スキルをマッチングツールに登録している。機械学習系の言語に強い人を探すなど、40人と会って最終的に4人の仲間を見つけ、審査を通過した社員もいた。

審査基準、チーム力重視

ーー審査はどのように進みますか。

書類、中間を経て3回目が最終。中間審査は「この部分の仮説検証が甘いので、次回まで完了させるように」といった条件付きの合格にしている。審査の間は1ヶ月あり、チームでさらにブラッシュアップしてもらう仕組みだ。

書類審査を通過した時点で、私のチームから2人が付いて伴走する形になった。最初は通っても放置され、なかなか実現に向かわない課題があった。

0→1のフェーズのため、判断は本当に難しい。ただ「上司に言われた」ではなく、「絶対に立ち上げるんだ」という強いコミットメントが一番大事だ。その意味でどういうチームなのか、やり抜ける人たちか、かなり大切にみている

ーー最終的な判断は誰がしますか?

SBイノベンチャーの投資委員会のメンバーと、ソフトバンクで新規事業を運営する事業部のトップが最終審査する。昔は孫やグループ会社の社長が30人ほど社員食堂にずらっと並び、300人もの社員も集まる一大イベントだった。

風土の醸成には効果的だったが、孫の前でプレゼンすることが「ゴール」になっていた面もあった。0→1のビジネスなので、ある意味で「ザクっと判断しよう」という方針を今はとっている。

1年以内の事業化を支援

ーー最終審査から、事業化までどのように進みますか。

今は手厚く支援している。まず通過後、約500万円の予算がついて、社員はSBイノベンチャーに出向する形にしている。伴走者2人が週1で仮説検証や進捗管理に参加し、1年以内の事業化を目指す。

最終を通過した段階で、自走できるチームか、つまりプログラミングでソフトウエアを作れるかはみている。ベータ版のプロダクトを出すなど、事業化までにもフェーズと期限があり、クリアできなければ撤退になる。

初期はグループのリソースで協力してもらう構想だったが、お金につながるか不明なフェーズでは難易度が高かった。ステークホルダーを自ら増やし、グループとして取り組む価値を証明してから協力する方が健全だと判断した。

ーー実際にどんなアイデアが事業化されていますか?

最近では「TASUKI Annotation(タスキアノテーション)」。今はソフトバンクのいち事業として運営されている。

AIのアノテーション(教師データを作成するため、元データにタグ付けする作業)は機械学習で絶対に必要だが、ある意味誰でもできる。市場価値の高いエンジニアが何時間も費やしている課題があり、効率的に代行するサービスだ。

事業化された案件はソフトバンクが子会社化したり、(グループの)ヤフーでサービス化されたりするケースもある。(モノやコトをスマホで電子チケットとして売買する)PassMarketが後者の事例になる。

採用との連携は「不可欠」

ーー社内起業制度を導入する企業は多いです。ならではの特徴は。

イノベンチャーラボの取り組みはリクルートなど、色々な企業からヒアリングを受けている。社内起業制度は増えたが、事務局だけ作って応募を待つ形が多い。「今年は良いのあるかな」では持続性がなく、宝くじと同じになる。

これでは進化がないため、ラボの仕組みを作った。応募の意思がある、新規事業に関心がある社員をしっかりと囲う。そして全体のレベルアップをどんどん図ることで、より事業が生まれやすくなると考えている。

参加者がアイデアを出し合い、交流する「新規事業ビジネスアイデアコンテスト」をオンラインで開催=ソフトバンク

今はCRM(顧客関係管理)のような、5500人のデータ分析に挑戦している。勉強会や講演など、どんなインプットがあるとアイデアがどのくらい生まれるのか、それぞれ集計を始めた。

例えば、どういう案内を送れば、この人が次のステップに進みやすくなるかをデータを基に考えられる。まだまだ発展途上だが、計画的に事業を生み出すためにアクションが必要だ。社内起業制度自体の最大の課題でもある。

ーー企業規模の拡大につれて、起業精神のある社員の入社は減りませんか?

SBイノベンチャー社長の青野は、ソフトバンクで人事本部を所管する役員でもある。採用とは相当連携し、「自分の事業で世の中の課題を解決したい」という思考の候補者を探している。

起業制度の有無をみて入る企業を選ぶ学生も多い。イノベンチャーラボは内定期間中から参加でき、そのまま一発で最終審査を通過した例もある。

他社からは「うちには挑戦する意欲のある社員がそもそもいない」という相談も受ける。だから「持続的な仕組みを作るには、採用との連携が不可欠」という話をしている。

経営層の育成にも寄与

ーー新規事業の立ち上げに携わるなかで、おもしろいと感じるポイントは?

結局は結果より、立ち上げる途中のチームの空気、プロセスが好きなんだろうなと。どう役に立つか、社会的な意義についてフィードバックを受けながら、マーケットと直接対峙することが魅力に感じている。

ある人たちの課題に共感し、そこに自分のアイデアやプロダクトがはまって喜んでもらえたり、売り上げがわずかでも立つ喜びをチームで共有したり。そういう世界はみんな本当に前しか向いていないから、この環境はやはり楽しい。

ーー今後の展望を教えてください。

私の中での挑戦は大きく3つ。優れた事業のタネを社内起業、もしくはSTATION Aiのような外部スタートアップとの連携から生み出したい。

またSBイノベンチャーには、人材育成効果も期待されている。若くして子会社の経営を任される社員もいて、経営層の幅が広く厚くなる。通信キャリアなので「この技術一筋20年」という人もいるが、イノベンチャーラボを活用することで0→1で事業ができる人を量産したい。

ソフトバンクは大きな企業にはなったが、この先も全体としてイノベーティブであり続けたい。SBイノベンチャーを通じ、その意識をどんどん高める仕掛けを絶対にやり続けなくてはいけない。

0→1では、大企業目線の事業規模に育つまで時間がかかり、育てる人がいないケースもある。あえてスピンアウトしてVC(ベンチャーキャピタル)に育ててもらい、成長したら戻ってくるような事例があってもいい。

経済産業省の音頭もあり、スタートアップが社内か社外かという境界線も曖昧になってきた。(社内外)両方をみる立場として、日本全体でよりイノベーションが起きるような取り組みを積極化していく。

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