「AIがSaaSを殺す」——この1年、ソフトウェア業界を覆ってきた「SaaS滅亡論」の標的の筆頭がSalesforceでした。ところが売上高が過去最高を更新した2026年5〜7月期決算が映したのは、逆の光景です。滅亡論の震源であるはずのAI企業こそが、同社に最も深く依存しているという事実でした。

世界のAI企業上位10社のうち9社がSalesforceとSlackを利用し、その支出を大きく積み増しています。AIはソフトウェアを置き換えるのではなく、信頼できる業務データを握る基盤の価値をむしろ押し上げる——稼ぎ方の序列が静かに書き換わりつつあることを、この決算は示しています。
マーク・ベニオフCEOは決算発表のわずか数分前、Anthropicのダリオ・アモデイCEOとテレビ生放送に並び、共同製品「Claudeforce」を公表しました。「世界一のAIと世界一のCRMが初めて一つになる」。守勢に見えた同社が、脅威の本丸と手を組む側に回った瞬間です。
なぜAI企業ほどSalesforceを手放せないのか。そして滅亡を予言されたソフトウェアは、これから何で稼ぐのか。決算説明会の攻防から読み解きます。
ベニオフCEOは説明会の冒頭を、丸ごと滅亡論への反論に充てました。座席数は減ると言われましたが、Agentforceの営業・サービス製品もSlackも座席数は前年比で増加。顧客は離れると言われましたが、解約率は過去最低に近い水準です。価格決定力を失うとの予測に反し、上位エディションの受注は四半期で2倍超に伸びました。
新規契約の勢いを示す純増AOV(年間受注額)の成長率は過去4年で最強となり、契約期間は新規・更新とも全セグメントで長期化しました。エージェントがアプリを呼び出すMCP・CLI経由の利用は四半期で6倍に急増しています。アプリは死ぬどころか、人間とAIの双方から使われる量が増えているという主張です。

象徴がAI企業自身の行動でした。上位10社のうち9社が顧客で、支出は前年比435%増。ベニオフ氏は「フロンティアモデルはCRMを不要にすると言われた。実際には依存している」と述べました。SaaSを過去のものにするはずの当事者が、顧客管理や社内連携では既存の業務基盤に深く乗るという、皮肉な構図が数字で裏づけられた形です。
説明会の作り自体も反証キャンペーンでした。本編前の「プレショー」には会計SaaSのXero、AIネイティブのリーガルテックLegora、開発プラットフォームのReplitの3社が登場。AIを最前線で使う企業ほどSalesforceの利用を増やしていることを、顧客自身の口から語らせる構成でした。
あるアナリストは、低い解約率と強い新規受注という土台がどこまで強固なのかを問いました。「その通りなら、SaaS滅亡論という言葉は歴史の一部になる」とまで踏み込んだ問いかけです。強気の数字を認めつつ、その持続性の証明を迫る姿勢がにじみます。