従業員を新しく雇ったわけではないのに、社内で働く「主体」が数週間で桁違いに増えている——。AIエージェントを導入した企業で、いま実際に起きていることです。人間の採用と違って稟議も辞令もなく、多くの企業は増えたことに気づく手段すら持ち合わせていません。
この増殖は、セキュリティの主戦場を静かに書き換えつつあります。エージェントの一体一体が認証情報と権限を持つ「新しいアイデンティティ」であり、増えるほど攻撃面が広がる。守りの中心が境界防御からID(アイデンティティ)管理へと移る構造変化です。
その追い風を受けるのが、ID管理大手のOktaです。2026年5〜7月期は、最需要期の第4四半期を除けば創業以来最高の受注を記録し、通期の売上成長率見通しも10〜11%に引き上げました。ところが、注目のAI関連製品そのものの売上貢献は、現時点では「僅少」にとどまるといいます。

記録的な業績と、まだ小さいAI売上。この落差の間で何が起きているのでしょうか。そして、見えないまま増え続ける働き手の「戸籍」は、誰がどのように握るのか。決算説明会での経営陣とアナリストの応酬から読み解きます。
冒頭の数字は、トッド・マッキノンCEOが決算説明会で明かした実話です。Okta for AI Agentsの導入評価を始めたある企業の環境をスキャンしたところ、Claudeのエージェントが50体検出されました。数週間後に再確認すると、その数は1,500体に膨らんでいたといいます。顧客が導入を検討している間にも、リスクは目に見える速度で積み上がっていたのです。
同様の光景は各所で確認されています。世界最大級のある資産運用会社では、複数ベンダー由来の数千体のエージェントがすでに本番環境で稼働し、セキュリティチームの統制が追いついていませんでした。Fortune 50の医療企業も、エージェントがどこにいて何につながっているのか把握できず、数百万ドル規模の契約でOktaを採用しています。
エリック・ケレハー社長兼COOが示した調査も、増殖の実態を裏づけます。顧客企業のCISO(最高情報セキュリティ責任者)の81%が、十分なセキュリティ基盤のないままエージェントが社内に展開されていると自覚していました。前回の決算説明会では、9割超の企業でエージェントが本番稼働する一方、統制できていると自信を持つ企業は22%にとどまるという数字も示されています。

課題は「どこにいるか、何につながるか、何ができるか」という3つの問いに集約される、というのがOktaの整理です。人間の採用よりはるかに速く増える働き手を台帳に載せ、権限を絞り、暴走すれば止める。この統治の仕組みづくりが、企業の新しい経営課題になりつつあります。
では、この危機感は売上になっているのか。決算説明会であるアナリストが投げたのは、不穏な問いでした。「意味のある売上になるのはいつか。世界で何か不幸な事件が起きるまで、待つことになるのか」。エージェント管理という新市場は、大事故が起きて初めて動く類のものではないか——という挑発です。