SaaS(Softweare as a Service)の先駆者であり代表的企業であるセールスフォースは1999年の創立。
従来のデスクトップCRMソフトウェアをクラウドベースとサブスクリプションモデルに置き換えるアイデアで業界をリードし、CRMで世界トップシェアを握っている。
CRMとはCustomer Relationship Managementの略で、顧客との関係強化=顧客に関するさまざまな情報を管理することで、顧客をより深く理解し、営業、サービス、マーケティング、経営戦略などに活かすというもの。
CRMは企業向けソフトウェアセグメントでも著しい成長が期待されている。
売上に対して利益がついてきていないが、その理由についてはSaaSの40%ルール(要は予測可能性の高いARRの成長先読みから調整するグロースとキャッシュフロー、マージンのバランス)を何度かふれているが、改めて後述する。
それではセールスフォースの最近のミュールソフト買収に関する情報もあわせて最新の決算資料を元にチェックしていこう。
SaaS、サブスクリプション・エコノミーの代表的銘柄であり、セールスフォースの経営は非常に参考になる面白い企業だ。
SaaSスタートアップ創業者向けガイドという資料をセールスフォースが提供しており、こちらも参考になるので*aaS投資家もチェックして損はない。
Source: SaaSスタートアップ創業者向けガイドから筆者が見やすく加工
(Zuora CEOのサブスクリプション・エコノミーの解説がシンプルで良かった)
販売数を増やせばよかった従来のプロダクト売り切り型の事業モデルに対し、SaaSモデルやサブスクリプションモデル(月額課金等)は契約期間の間ずっと顧客との関係が持続し、顧客維持率が重要で、つまりは自然と仕組み的にカスタマーサクセスにフォーカスしやすい構造になる。
そうなるとより顧客とのリレーションシップ強化が重要となってくるため、SaaSでありCRM中心のセールスフォースはまさにサブスクリプション・エコノミーの中心にあると言って良いのではないだろうか?
さて、本題だ。
ソフトウェアセグメントにおいて成長著しいCRMにおいて他社に差をつけNo.1のセールスフォースの勢いは衰えていない。
レガシー(オンプレミスからクラウドに転換しつつあるがオラクルとかオンプレが未だに儲かるからイノベーションのジレンマとはいわずとも転換スピードはアドビほどではない)企業のオラクルやSAPに対しぐんぐんシェアで差をつけている。
元オラクル幹部で、セールスフォースを創業したマーク・ベニオフCEOは「なぜ法人向けソフトウェアは、Amazonで本を買うように簡単に機能を提供できないのか?」と考えた。
当時主流だったハードウェアを買ってソフトウェアをインストールする(オンプレミス)モデルではなく、デジタル時代に企業が顧客との理想的な関係を実現するための環境を構築・提供するというビジョンの元、今ではクラウドのリーディングカンパニーに成長させている。
セールスフォースの中核事業である営業支援サービス「セールスクラウド」や、カスタマーサービス支援の「サービスクラウド」、エンタープライズ向けのPaaS(Platform as a Service)である「セールスフォース・プラットフォーム」、急成長しているデジタルマーケティングプラットフォーム「マーケティングクラウド」など、数多くの買収とあわせ製品群を多様化し、セールスフォースがシェアを取ろうとしていく市場規模が拡大している。
特にセールスフォースで明白に他社と違うのはプラットフォーム戦略をいち早く取り入れている点だ。
セールスフォース・プラットフォームでは世界最高水準のビジネスアプリマーケットプレイス「AppExchange」を展開している。
たとえるならスマートフォンでアプリを探すようにクラウド型ビジネスアプリを簡単に導入したり評価することができる仕組み。
約1500社が3300以上のクラウドアプリケーションを提供しているAppExchangeのアプリによって、Salesforceの機能を拡張できる。
このセールスフォースとパートナーや顧客によるSalesforceエコシステムは、2020年までに世界で8590億ドルの新規ビジネスを創出すると予測されている(調査会社IDC)ほどのインパクトのあるプラットフォームだ。
エンタープライズクラウドマーケットプレイスであるAppExchangeに自社開発ソフトをもつ独立系ソフトウェアベンダー(ISV)やシステムインテグレータ(SIer)が加わるメリットは、低リスクでクラウド・ビジネスを始めることができるというもの。
ISVなどは初期投資コストはほとんどかからずに、AppExchange上でセールスフォースの15万社以上の顧客にリーチでき、販売し売り上げが出た段階で初めて、ISVとセールスフォースで売り上げをシェアする(レベニューシェア)仕組みだ。
顧客はこれにより多様なカスタマイズを施して機能を拡張することができ、ISVも低リスクで顧客にリーチできる、というビジネス的共生環境(エコシステム)を実現しているプラットフォーム戦略となっている。
業務アプリに必要なものが最初から揃っている基盤のPaaS(Application PaaS)であるForce.comが強い上に、2010年にPaaSのHeroku(Webアプリのデプロイ作業を効率化する)まで買収している。
要はスピード重視でB2Bサービスを開発したいスタートアップはセールスフォースのPaaSは有力な選択肢の1つで、マーケットプレイスのエコシステムまで完備されているという話。
営業支援サービスとしての強みがシェアにもあらわれており、それ以外の領域でも市場の成長以上に伸びている。
2015年からは特定業種向けに特化したCRM製品を投入。
金融の「Financial Services Cloud」ヘルスケア業界向けの「Health Cloud」など業種に合ったCRMソフトウエアを簡単に導入できるSaaS製品を、それぞれの業界で強いパートナー企業(システム開発会社)と組んで、顧客企業に最適化したソリューションを提供するようにしている。
そういった業界向け戦略の効果もあり、たとえば製薬会社の世界上位20社のうち15社がSalesforceの顧客となっている。
そして以下のグラフは2021年の市場規模予想と先日合意したミュールソフト買収によるインテグレーション市場規模の予想だ。
2018年3月20日にセールスフォースが発表した約65億ドルでのミュールソフト買収が話題となった。
ミュールソフトは企業があらゆるアプリケーションとデータをAPIベースでクラウドもオンプレミス間でも接続・連携する統合プラットフォームを提供するiPaaSプロバイダ。
ミュールソフトの1200社の顧客企業(コカ・コーラやユニリーバ等)のうち60%がセールスフォースの顧客企業と重複している 。
ミュールソフトの売上成長率は高くSaaSの40%ルールでも優良判定ができていた。ドル建てのリテンション・レートも119%と顧客維持率が高いどころか解約よりもアップセルの勢いがある。
APIマネジメントの市場は2017年度の成長率が30%以上の成長市場で、2022年までには3500億円に拡大すると予想されている。
APIマネジメントの競合としてGoogleがApigeeを買収しており、スタートアップも勢いがありミュールソフト1強というわけでもなく、多くの報道ではMuleSoftの買収は「割高すぎる」という論調だが、オラクルやSAPなどのレガシー企業にミュールソフトを買収される方が恐ろしい。
攻めの買収でもあり守りの一手でもあると筆者はみている。
セールスフォースはLinkedInを買収したかったがマイクロソフトに買収されてしまった。
その買収時もマイクロソフトは割高な買収をしたと株価が下がったが今はどうだろうか?やや無理をしても大局的にみた買収をしていくのがセールスフォース流の買収である。
2016年にセールスフォースが買収したコラボレーションツールのQuipなどもディスラプティブな存在に成長しそうだ。(ちなみにQuip創業者で元Facebook CTOだったBret Taylor氏は現在セールスフォースのPresident/Chief Product Officerとなっている。)
アメリカ部でMuleSoftの解説記事を書いた時の一番のミュールソフトのポテンシャルは"iPaaSの強さは「全てのシステムの関係を把握できるポジション」であり事業領域の拡大がしやすい。"という点ではないかと結論づけていたが、それだけにセールスフォースの買収は納得だった。
セールスフォースはセールス、サービス、マーケティング、コマース、プラットフォーム、アナリティクス、そしてインテグレーションと全方位に事業領域を拡張しており、(以前セールスフォースの買収候補としてリークされた企業リストから考えても)できることなら全部の優良SaaSを飲み込んでいくのではないかという勢いで、その統合ハブとなるミュールソフトの買収は理にかなっている。
確かに割高ではあるものの、CRM最強のポジションの地盤の上に周辺を統合していく戦略にマッチしており、シナジーはありそうだ。
また、"iPaaSの強さは「全てのシステムの関係を把握できるポジション」"ということはもう1つ大きな意味がある。
つまり、今後セールスフォースがSaaS企業を買収していくにあたって、顧客企業のサービス利用状況というデータによって買収戦略もより一層構築しやすくなる。(ここまでのミュールソフト買収によるメリットに関する記述はあくまで筆者の予想でしかないが)
<補足>
iPaaS=Integration Platform as a Service
具体的にはパブリッククラウド間やパブリッククラウドとオンプレミスを連携させるためのPaaS。企業のクラウド採用の障害となっているレガシーシステム・オンプレミスアプリとクラウドサービスの統合によってコストや複雑さを軽減し、SaaSアプリケーション等を相互に接続する統合ロジックで開発スピードを短縮。
アメリカ大陸が売上の多くを占め、まだまだグローバルに成長ポテンシャルがある状態だ。
さて、業績推移をチェックしてみよう。
売上は伸びているが利益を伸ばしていくことにフォーカスしていないことが分かる。
株式数は増えているのでEPS(1株あたり利益)でみるとさらに横ばい感があるが、1株あたりフリーキャッシュフローは順調に伸びている。
というのも、経営スタイルがサブスクリプション・エコノミー型経営(前述のSaaSスタートアップガイド資料参考)で、要は予測可能性の高いARRの成長先読みから調整するグロースとキャッシュフロー、マージンのバランスが意識されている。
セールスフォースのサブスクリプション経営モデルの場合は売上高の伸びに応じるのは利益ではなくキャッシュフロー。
つまり、見るべきバリュエーション指標はPERではない。
IR資料でもグロースとマージンの目安を示している。
セールスフォースが目標としていた「エンタープライズ向けクラウドソフトウエア企業として初めての年間売上100億ドル」を達成した後の目標は、2022年度までに売上高200億ドル以上へ史上最速で到達するというもの。
株価も長期的に見れば右肩上がりで上昇トレンドにある。
セールスフォースのコスト構造・資産構造の変化などは野添氏がすでにStockclipで記事を配信しているのでそちらも参照してください。
SaaSによるAPIベースのエコシステム形成は、たとえばカスタマー・サポートならゼンデスク、HRならワークデイ(HRは似た競合がいっぱいあるのでアレだが)、ワークフローの効率化ならサービスナウなどそれぞれの強みを連携させるわけだが、CRMといえばセールスフォースが鉄板すぎて、APIベースの連携が加速すればするほどセールスフォースはCRMのデファクトスタンダードになっていきそうだ。
また、そのリーチ力とデータを活かした「Einstein AI」というセールスフォースのAI戦略にも注目だ。
<記事のスタンスに影響する情報開示: 筆者は 2018/3/31 時点でsalesforce.com, inc.(NYSE:CRM)を232株保有しており、次回決算まで売却の予定はない。本記事はビジネスモデルや業績の定点観測を目的としたものであり、読者に投資を推奨するものではない。>
*アメリカ部通信*
前回のパロアルトネットワークスの記事はいかがでしたでしょうか?
ハイブリッドSaaSであり純粋なSaaS企業ではないパロアルトはSaaSの40%ルールには挙がらない企業なのですが、SaaSの40%ルールは単なるバズワードであり、SaaS企業だけがあてはまるものではありません。今回セールスフォースの記事で確認したように、ざっくりいえばサブスクリプションモデルというかARRベースのグロースとマージンのバランスなのです。
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