ファーストリテイリング 事業内容・ビジネスモデル

フォロー
時価総額 6兆5065億5800万 円
銘柄コード 9983(市場第一部(内国株))

ファーストリテイリングは、東京・赤坂に本社をおく企業。
1949年に山口県宇部市でメンズショップ小郡商事を創業。
1984年にユニクロ第1号店を広島市に出店。
1999年に東証一部に上場し、2001年に初の海外店舗を英国ロンドンに出店。2003年にヒートテックの販売を開始。
国内海外、グループ企業含め3000超の店舗を展開。
グループ企業にはジーユー、セオリー、コントワー・デ・コトニエなどがある。

国民的アパレルブランド「ユニクロ」を国内外で展開。

一番の特徴は、「高品質な服をリーズナブルな価格で販売する」ということ。素材調達から企画・生産・販売までを一貫して手掛ける「SPA(製造小売)」モデルとしては、日本を代表するプレイヤーである。

ユニクロは、22の国と地域に約2,200店舗を出店。売上規模は年間1.9兆円(2019年度)にのぼる。グループ全体では2.3兆円。

ブランドのコンセプトは「Life Wear」であり、「究極の普段着」を目指すことを標榜しています。

一方では、「ファッションと低価格」を打ち出すブランド「ジーユー」も急成長しており、売上規模はすでに2,400億円へと達している。

ユニクロの始まり

ルーツは1949年、山口県宇部市に創業した紳士服店「メンズショップ小郡商事」。

創業者は、ユニクロ生みの親である柳井正氏の父親、柳井等氏。同じ1949年に柳井正氏も生まれている。

早稲田大卒業後、ジャスコに入社した柳井正氏だったが、働くのが嫌になって9ヶ月で退職。プラプラしている息子を見かね、父親が家業を手伝うように言う。

その後の柳井正氏は独学で経営を学び、1984年に正式に社長となる。同年、新しいカジュアル衣服店としてスタートしたのが「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」。

広島市にオープンした一号店は活況で、初日の早朝から行列ができるほどであった。画期的だったのは「低価格」「カジュアル特化」「完全セルフ販売」の3ポイント。 柳井正氏が欧米を視察する中、急成長中のセルフ販売カジュアルチェーンを見たのが契機となった。

単一商品あたりの値段を下げたことは、消費者の来店ペース拡大、商品回転率の拡大につながった。

多数の商品を販売することで、「どの商品が売れ筋か」というデータ収集もやりやすくなった。

店舗自体も低コストな内装にとどめ、改善したキャッシュフローを元手に次々と店舗を拡大することも可能になった。

「低価格路線」からの脱却

1990年のバブル崩壊以降、日本社会はデフレへと向かう。こうした社会的なトレンドも、初期のユニクロの成長には猛烈な追い風となった。

1998年には、ユニクロの「フリース」が大ヒット。1900円という低価格と、その割に暖かいという機能性が大衆に大受けした。

この頃には、「ユニクロを着ると服がかぶる」と言われるまでに大衆に浸透し、紛うことなき「デフレ経済の覇者」となった。

ところが、こと経営という観点でいうと、これがユニクロにとって必ずしも良いこととは言えなかった。

2000年代に入ると、ユニクロは一時、フリースの大ヒットを乗り越えられない「呪縛」に陥る。こうして2004年には「ユニクロは低価格をやめます」という宣言を全国の新聞で広告掲載。

それまでのユニクロには「安いけど、品質は良くない」「かっこよくはない」「他の人とかぶる」というイメージがあった。 ミッションは「高品質なベーシックカジュアルを市場最低価格で継続的に提供する」ということ。いわば、「価格の割に良い」という相対的なメリットで勝負しようとしていた。

柳井正氏はこの状況をよしとはしておらず、これ以降は「本当に誰が見ても良い服を提供したい」と、絶対的なメリットを打ち出すことを宣言した。