八千代工業 歴史

市場

八千代工業 歴史

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沿革

1953年8月 金属焼付塗装業を目的として八千代塗装株式会社を設立、本田技研工業株式会社の指定工場となる。
1960年5月 三重県鈴鹿市に二輪車エンジン部品の羽布及び塗装工場として鈴鹿工場を開設。
1968年9月 八千代工業株式会社に商号を変更。
1972年8月 埼玉県狭山市に柏原工場を開設、本田技研工業株式会社の軽四輪乗用車の受託生産を開始。これを機に本田技研工業株式会社から出資を受け関連会社となる。
1974年11月 本田技研工業株式会社、三恵技研工業株式会社との合弁により合志技研工業株式会社を設立。
1976年2月 柏原工場で本田技研工業株式会社の海外向けバギー車の受託生産を開始。
1977年8月 自動車部品「燃料タンク」の生産を開始。
1983年6月 三重県四日市市に自動車部品のプレス及び溶接工場として四日市製作所を開設。
1985年8月 四日市製作所を増設、本田技研工業株式会社の軽四輪トラックの受託生産を開始。
1986年1月 栃木県さくら市に栃木研究所を開設。
1986年6月 自動車部品「サンルーフ」の生産を開始。
1989年1月 カナダにヤチヨ オブ オンタリオ マニュファクチュアリング インコーポレーテッド(現 連結子会社)を設立。
1994年10月 八千代工業株式を店頭登録銘柄として日本証券業協会に登録。
1996年5月 四日市製作所で本田技研工業株式会社の軽四輪乗用車の受託生産を開始。
1996年6月 英国にヤチヨ インダストリー (ユーケー) リミテッドを設立。
1997年1月 タイにサイアム ヤチヨ カンパニー リミテッド(現 連結子会社)を設立。
1997年5月 埼玉県狭山市に本社を移転。
1997年9月 米国にヤチヨ オブ アメリカ インコーポレーテッド(現 連結子会社)を設立。
1997年10月 米国に現地法人との合弁によりエー ワイ マニュファクチュアリング リミテッド(現 連結子会社)を設立。
1998年5月 三重県亀山市に補修パーツの一貫加工・出荷工場として、亀山事業所を設立。
1999年1月 米国にユー エス ヤチヨ インコーポレーテッド(現 連結子会社)を設立。
2000年9月 米国にヤチヨ マニュファクチュアリング オブ アラバマ エル エル シーを設立。(2014年10月 ヤチヨ マニュファクチュアリング オブ アメリカ エル エル シー(現 連結子会社)に社名変更)
2002年4月 中国に八千代工業(中山)有限公司(現 連結子会社)を設立。
2002年8月 合志技研工業株式会社の株式追加取得により八千代工業の子会社となる(現 連結子会社)。
2004年12月 ジャスダック証券取引所(現 東京証券取引所JASDAQ(スタンダード))に株式を上場。
2005年7月 中国に八千代工業(武漢)有限公司(現 連結子会社)を設立。
2005年10月 エー ワイ マニュファクチュアリング リミテッド(米国)の持分追加取得により八千代工業の子会社となる(現 連結子会社)。
2006年12月 本田技研工業株式会社による八千代工業株式の公開買付けにより、同社が八千代工業の親会社となる。
2007年5月 インドにゴウシ インディア オートパーツ プライベート リミテッド(現 連結子会社)を設立。
2008年4月 インドにヤチヨ インディア マニュファクチュアリング プライベート リミテッド(現 連結子会社)を設立。
2009年9月 ブラジルにヤチヨ ド ブラジル インダストリア エ コメルシオ デ ペサス リミターダ(現 連結子会社)を設立。
2012年2月 メキシコにヤチヨ メキシコ マニュファクチュアリング エス エー デ シー ブイ(現 連結子会社)を設立。
2012年4月 埼玉県狭山市に埼玉研究所を開設。
2012年5月 インドネシアにピー ティー ヤチヨ トリミトラ インドネシア(現 連結子会社)を設立。
2014年12月 ドイツにヤチヨ ジャーマニー ゲー エム ベー ハー(現 連結子会社)を設立。
2016年4月 株式会社エム・エス・ディの事業譲受に伴い、熊本県合志市の株式会社合志テック、フィリピンのゴウシ フィリピン インコーポレーテッド及びラグナ アソシエ リアルティ インコーポレーテッド(いずれも現 連結子会社)が八千代工業の子会社となる。
2017年12月 完成車事業の譲渡に向けた準備会社として八千代工業四日市製作所株式会社を設立。
2018年3月 八千代工業四日市製作所株式会社が完成車事業を承継し、事業運営を開始。
2018年4月 八千代工業四日市製作所株式会社の全株式を本田技研工業株式会社へ譲渡し、軽四輪の受託生産を終了。