日本化学工業【4092】 歴史

市場

プライム(内国株式)

日本化学工業【4092】 歴史

市場

プライム(内国株式)

沿革

1893年9月 創立者棚橋寅五郎は個人経営の棚橋製薬所を東京麻布において創業。
1915年9月 株式会社組織に変更、社名を日本製錬㈱とする。
1924年12月 子会社東洋電気工業㈱を設立。黄燐、赤燐等の燐製品の製造を開始、親会社日本製錬㈱は順調に発展。
1935年3月 小松川第二工場の建設により苛性カリの製造を始める。
1935年12月 1907年7月創立の日本化学工業㈱を合併。
1941年12月 日本化学工業㈱が東洋電気工業㈱、日本硫曹㈱を合併、三春工場、西淀川工場とする。
1944年3月 日本化学工業㈱を再び合併し5工場を統合。社名を日本製錬㈱から現在の日本化学工業㈱に変更。
1949年5月 日本化学工業株式を東京証券取引所に上場。
1949年6月 日本化学工業株式を大阪証券取引所に上場。
1949年7月 日本化学工業株式を新潟証券取引所、名古屋証券取引所に上場。
1950年3月 無機顔料製造販売の東邦顔料工業㈱(現・連結子会社)の株式を取得。
1950年4月 郡山工場に熔成燐肥製造設備を建設し、肥料部門を新設。三春工場で農薬の製造を開始。
1951年4月 日本化学工業株式を札幌証券取引所に上場。
1953年1月 村上工場を建設、熔成燐肥の製造開始。
1969年4月 旭電化工業㈱(現㈱ADEKA)との共同出資により鹿島臨海工業地帯に関東珪曹硝子㈱を設立。
1970年4月 愛知工場を建設、燐酸を製造開始。
1970年5月 森村商事㈱、M.&T.Chemicals社(米国)と共同出資により愛知県幸田に日本エムアンドティー㈱(1991年3月日本エムアンドティー・ハーショウ㈱に社名変更)を設立。
1971年8月 徳山工場を建設、クロム塩を製造開始。
1973年5月 同和鉱業㈱(現DOWAホールディングス㈱)との共同出資によりバリウム塩製造のバライト工業㈱を設立。
1985年12月 三井東圧化学㈱(現三井化学㈱)、ラサ工業㈱との共同出資により湿式精製燐酸製造の協同燐酸㈲を設立。
1990年3月 村上工場を閉鎖。
1991年3月 電子計算事業の㈱ニッカシステム(現・連結子会社)を設立。
1991年4月 環境に関する測定、証明事業の㈱日本化学環境センター(現・連結子会社)を設立。
1992年8月 富士化学㈱との共同出資により珪酸ソーダ製造の京葉ケミカル㈱を設立。
1992年10月 郡山工場、三春工場を統合し福島工場とする。旧郡山工場を福島工場第一工場、旧三春工場を福島工場第二工場と改称。
1994年2月 日進ケムコ㈱との共同出資により亜酸化銅製造のエヌシー・テック㈱を設立。
1994年4月 空調設備機器設計施工販売の日本ピュアテック㈱(現・連結子会社)を設立。
1994年10月 産業廃棄物処理並びにリサイクル事業の日本クリアテック㈱を設立。
1994年12月 亀戸工場を閉鎖。
1995年7月 日本エムアンドティー・ハーショウ㈱の全株式を売却。
1996年2月 米国にJCI USA Inc.を設立。
1997年3月 日商岩井㈱(現双日㈱)、澄江燐業化工鳳麓有限責任公司(中国)、澄江県水電開発公司(中国)、香港時興投資有限公司(香港)との共同出資により中国に黄燐製造の雲南盤橋燐電有限公司を設立。
2000年6月 福島工場を組織分割し、旧福島工場第一工場を福島第一工場、旧福島工場第二工場を福島第二工場と改称。
2002年12月 名古屋証券取引所、札幌証券取引所上場廃止。
2003年4月 大阪証券取引所上場廃止。
2004年3月 バライト工業㈱を清算結了。
2004年6月 岩谷産業㈱他との共同出資により中国に電材用バリウム塩の製造販売の日化(成都)電材有限公司を設立。
2005年2月 協同燐酸㈲を清算結了。
2006年11月 日本ピュアテック㈱が空調設備機器の設計施工及び販売のジャパンルーワ㈱(2010年11月ルフトテクノ㈱に社名変更)の全株式を取得。
2010年8月 中国に捷希艾(上海)貿易有限公司を設立。
2011年9月 西淀川工場を閉鎖。
2012年10月 日本ピュアテック㈱がルフトテクノ㈱を吸収合併。
2012年12月 日本電工㈱(現新日本電工㈱)のクロム塩事業を譲受。
2014年4月 日本クリアテック㈱を吸収合併。
2014年6月 日化(成都)電材有限公司を清算結了。
2017年3月 雲南盤橋燐電有限公司を清算結了。
2017年8月 タイ王国にJCI(THAILAND)CO.,LTD.を設立。
2018年7月 日本ピュアテック㈱がロックゲート㈱の全株式を取得。