「中価格帯」市場はあったか?
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本日30日、大塚家具がJASDAQで上場廃止となる。華々しかったその歴史を振り返ろう。
創業の地である埼玉県春日部市は「総桐箪笥」の産地。大塚勝久氏の父、千代三氏 は桐箪笥職人として家業を営んでいた。
1969年に大塚家具センターを創業し、1978年に東京進出。メーカーとの直接取引で「競争力のある価格」を実現、高価だった家具産業に価格破壊をもたらした。
1993年には「会員制」を導入。丁寧に接客するスタイルを定着させ、高級路線へとシフト。当初この戦略は功を奏し、2000年まで売上を大きく伸ばした。
その後はデフレ経済が本格化。消費行動が変化する中、売上は減少に転じる。
2009年に久美子氏が社長に就任するも業績は振るわない。会員制からの脱却を打ち出すと2014年7月に解任、「お家騒動」が泥沼化したのは周知の事実だ。
株主総会で久美子氏が選ばれると、「中価格帯」回帰に向けた戦略を打ち出した。一方、ニトリなど「格安」ブランドも品質向上が進む。大塚家具の売上減少は止まることがなかった。