米国で税務にかかるお金の大半は、ソフトウェアではなく「人」に向かっています。AIが専門家の仕事を奪う——そんな通説が語られる時代に、税務・会計ソフト最大手のIntuitが全社を挙げて賭けているのは、むしろ人間の専門家を核にしたビジネスです。
実際、専門家が申告を仕上げるサービスは2026年7月期も4割近く伸び、全社を牽引しました。ところが同じ期、自力申告向けの安価なソフトでは優良顧客を低価格の競合に奪われ、同社は来期の増収率目標を自ら1桁に引き下げています。専門家で稼ぐ会社の勝敗が、入口の価格で決まりつつあるのです。
ササン・グダージCEOはこの値下げと減速を、追い込まれた末の守りではなく、市場シェアを奪い返すための攻めと位置づけます。一方、決算説明会に集まったアナリストからは、AIによる構造変化の始まりではないのかと疑う声が相次ぎました。

なぜAIが進化するほど、人は専門家に頼るのか。その市場で勝つ鍵が、なぜ無料や低価格の入口なのか。決算説明会の応酬から、AI時代の専門家ビジネスの設計図を読み解きます。
TurboTaxの獲得可能市場のうち、約88%は自分で申告する人ではなく「誰かに頼む」人の支出です。Intuitが照準を合わせるのはまさにこの市場で、専門家が申告を仕上げるTurboTax Liveは2026年7月期に顧客数38%増、売上高37%増と全社を牽引しました。ソフトウェア会社の最大の商材が、人になりつつあります。
なぜAIが進化しても人に頼むのか。グダージCEOの説明は消費者心理に踏み込みます。申告を他人に任せる人が求めているのは、内容をレビューし、署名し、間違いがあれば責任を引き受けてくれる存在です。ソフトウェアがどれだけ賢くなっても、この「責任の引き受け手」への需要は消えないという読みが、同社の戦略の土台にあります。
同社のやり方は、AIで人間を置き換えるのではなく、人間の専門家をAIで拡張することです。顧客と専門家のマッチングから作業の下処理までをAIが担い、専門家は顧客との関係と最終判断に集中する。この分業により、誰の申告でも競争力のある価格で代行できる体制を築いたと説明します。
グダージCEOはこれを「AIのスピードと、AIには代替できない信頼できる人間の専門家の組み合わせ」と表現しました。AIが進むほど、責任を負う人間を核にした事業が伸びる。破壊論とは逆向きのこの方程式に、同社は全社を挙げて賭けています。
その専門家ビジネスの対極にある入口、自力申告向けのDIY版で、同社は誤算に直面しました。「質の高いDIY顧客を低価格プロバイダーに奪われた。顧客がTurboTaxを離れる理由の第1位は、いまや価格だ」。グダージCEOは決算説明会で敗因をそう率直に認めました。長年、複雑な申告ほど上位プランへ誘導して単価を上げてきたモデルが、安価な代替手段の増えた市場で通用しなくなったといいます。