東洋シヤッターの歴史・創業ストーリー

フォロー
時価総額 43億4300万 円
銘柄コード 5936(市場第一部(内国株))

東洋シヤッター株式会社は大阪市中央区に本社をおく企業。1975年大証二部、1989年東証二部に上場し、同年両市場で一部に指定。1995年24時間緊急修理受付「オールラウンド・メンテナンス(ARM)」を開始。2011年ハーマンKG(ドイツ)と資本業務提携。社会の防犯、防火、防煙など防災製品の製造・販売・施工会社として、主力商品であるシャッター・ドアを中心に扱い、ハーマングループ提携製品や建材、レバーハンドルなども扱う。


1955年9月 大阪市西淀川区においてシャッターの販売を目的として創業
1956年1月 東京支店を開設
1957年4月 大阪市西淀川区に大阪工場を開設、軽量シャッターの製造開始
1960年5月 名古屋支店を開設
1964年4月 忠岡工場(現大阪府泉南市)の新設、重量シャッターの製造開始
1966年7月 大阪支店を開設
1967年7月 土浦工場新設、軽量・重量シャッターの製造開始
1968年1月 大阪市東区谷町(現大阪市中央区谷町)に本社移転
1971年10月 京都支店を開設
1972年10月 大阪市東区両替町(現大阪市中央区常盤町)に本社移転
1973年10月 東京本社を東京都中央区に開設し、二本社体制となる
1975年7月 無人制御システムシャッター『リフレオート』を開発、発売
1975年10月 大阪証券取引所市場第二部に株式上場
1975年12月 奈良工場を新設し、大阪工場・忠岡工場を集約する
1977年4月 横浜支店(現横浜営業所)を開設
1979年4月 東北支店(現仙台営業所)、西部支店(現中四国支店)を開設
1987年10月 株式会社日本シャッター製作所を合併し、九州支店・鹿児島支店(現鹿児島営業所)・枚方工場・九州工場・株式会社南日本シャッター製作所(現連結子会社、南東洋シヤッター株式会社)を継承する
1989年2月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
1989年9月 東京証券取引所及び大阪証券取引所の市場第一部に指定替
1991年6月 南東洋シヤッター株式会社が鹿児島県姶良郡に工場を新設移転
1991年10月 株式会社オーシマを合併し、建材部門の拡充を図る
1992年4月 岩住サッシ株式会社を合併し、スチールドア部門の拡充を図る
1993年3月 つくば工場を新設し、土浦工場を閉鎖する
1993年9月 ビル改修システム『ビルファイン』を開発、発売
1993年9月 東洋シヤッター北海道株式会社へ49%出資し、関係会社とする
1993年11月 大阪市中央区南新町に本社を新築移転
1994年6月 東洋テクノサービス株式会社に100%出資し、関係会社とする
1996年4月 東洋テクノサービス株式会社を株式会社シーク研究所に社名変更
2000年1月 東京本社を東京都港区から東京都中央区に移転
2000年5月 枚方工場を閉鎖し、奈良工場に集約
2000年5月 九州工場を南東洋シヤッター株式会社所在地に集約移転
2002年5月 「私的整理に関するガイドライン」に基づく「再建計画」の成立
2002年12月 連結子会社である東洋シヤッター北海道株式会社・株式会社シーク研究所を解散
2003年4月 フジテック株式会社とエレベーター『遮煙乗場扉』を共同開発、発売
2003年7月 大阪市中央区南船場に本社移転
2003年12月 自主的新中期経営4ヵ年計画『フェニックス-50』の策定
2004年1月 シャッター落下防止装置「守護神」を開発、発売
2006年2月 「私的整理に関するガイドライン」に基づく「再建計画」及び自主的新中期経営4ヵ年計画『フェニックス-50』を前倒しで終結し、新中期3ヵ年計画『レボリューション3』を策定
2007年3月 スリム軽量電動シャッター「カルーナS」を開発、発売
2009年2月 新中期3ヵ年計画『Fusion Plan3』を策定
2011年2月 ドイツハーマン社グループと資本・業務提携契約を締結
2011年3月 ハーマンGmbHを割当先とする第三者割当増資を実施、資本金2,024百万円となる
2012年5月 新中期3ヵ年計画『JUMP UP3』を策定
2015年5月 新中期3ヵ年計画『POWER UP3』を策定
2018年5月 新中期3ヵ年計画『BRUSH UP3』を策定